プロジェクト全体の説明

本プロジェクトは、「東アジアにおける都市形成プロセスの統合的把握とそのデジタル化をめぐる研究」(代表:加藤直人)を構成する日本語日本文学班の活動の一環である。

日本語日本文学班は近世文学・近代文学・日本語学の3チームからなり、日本語・日本文学の観点から日本最大の都市圏である江戸・東京圏の再構築を試みている。

本プロジェクトでは、3チームが収集したテキスト・画像・言語景観データをWebGIS(GIS=Geographic Information System,地理情報システム)上に実現することで、江戸・東京圏を多層的・多角的に視覚化している。時代・ジャンルを超えたデータが収められたWebGISによって江戸・東京圏の様相を浮かび上がらせ、従来の二次元的観点からの分析では埋没してきた新たな特性を捉えることを主眼に置いている。

現代地図の上に重ね合わせた古地図と、それぞれのチームがこのプロジェクトのために用いた資料は、次の通り。いずれも日本大学所蔵の資料または独自調査に基づくものである。

古地図:
『江戸切絵図』・『東京市全図』
近世文学チーム:
『江戸名所図会』の画像とテクスト京伝黄表紙・南北歌舞伎のテクスト泰平纏一覧の画像とテクスト
近代文学チーム:
小林清親版画
日本語学チーム:
「小森コレクション」に収録された銀座の写真、ならびに独自に行った言語景観調査に基づく銀座・秋葉原の写真と調査報告
落語資料:
「はなしの名どころ」『落語と歩く』(岩波書店, 田中敦氏,2017年)に記載された東京都にかかわる落語の演題
千代田区資料:
千代田区に設置された文化財サイン(標柱・説明板)
千代田区路傍文化財:
千代田区にある文化財
文人街資料:
千代田区麹町を中心とした文人・文化人にまつわる地点資料

古地図概要と凡例

『江戸切絵図』概要

近江屋版
発行年:1849-1852(嘉永2-5)年
日本大学文理学部所蔵:19葉

『江戸切絵図』凡例

地図タイトルの中に含まれている地区名を記名した。

『東京市全図』概要

発行年月日:1907(明治40)年4月15日

発行者:東京市役所東京市編纂係

『東京市全図』凡例

東京市全図を25等分割し、実質的な地形図を伴う17区画について示した。
区画の見出しについては、区画内の主要駅を中心として示した。
検索の便宜の観点から、現在の鉄道・地下鉄駅名を用いている。

『江戸名所図会』概要と凡例

『江戸名所図会』概要

『江戸名所図会』は江戸の名主であった斎藤幸雄・幸孝・幸成(月岑)が三代にわたり書き継ぎ、完成させた地誌である。挿絵は長谷川雪旦による。七巻二十冊。天保五・七年(1834・36)刊。当WebGISでは、日本大学文理学部所蔵本を底本として使用した。

『江戸名所図会』「本文」凡例

  • 『江戸名所図会』のテキストデータは原文の抄録である。翻字に際し、適宜句読点を付した。
  • 〔 〕はデータ作成者による補記である。
  • ( )は原文の割注である。
  • 原文に引用される文献名に『 』、引用文に「 」を付した。

京伝黄表紙・南北歌舞伎の概要と凡例

  • 18世紀後半の山東京伝(1761-1816)の黄表紙と19世紀前半の四代目鶴屋南北(1755-1829)の歌舞伎から、江戸周辺の土地にかんする記述を抽出した。ただし全作品からの悉皆抽出ではない。
  • 山東京伝の黄表紙は『山東京伝全集』黄表紙1~3(ぺりかん社、1992-2001)、鶴屋南北の歌舞伎は『鶴屋南北全集』2・3・5・7(三一書房、1971-73)を参照した。
  • 読解の便宜上、原文の「/\」記号を平仮名にひらく等の処置を施した。

『泰平纏一覧』の概要と凡例

『泰平纏一覧』は各組の目印である纏(まとい)・人足が着用する半纏(はんてん)・担当町域・人足の人数を示した書物である。
1856(安政3)年刊行。
担当町域は原文を翻刻して抽出した。
各組の中心地は、『泰平纏一覧』の文字配当図に記載されている町名・地名とした。
文字配当図に記載されていない場合は「N」と入力し、各組の先頭に挙げられている町名を中心地とした。
地図上に表示されている範囲は、担当町域の4角の緯度経度情報を取得し、表示したものである。

「小林清親版画」の概要

日本大学総合学術情報センターが所蔵する小林清親版画のうちから、明治前期の東京やその周辺を描いた風景版画52点を、描かれた題材の位置に則してWebGISに収めた。1876年から1881年に制作され、後に『東京名所図』と総称される風景版画シリーズを中心に、古典的作風に回帰したとされる『武蔵百景之内』(1884)を加えた。小林清親(1847-1915)は明治期を代表する版画家、浮世絵師。西洋絵画の技法などを取り入れ、光と影、水面や空気の色彩などを新しい感覚で描き出した風景版画で人気を博した。

小森コレクションの概要と凡例

小森コレクション概要

「小森コレクション」とは、小森孝之氏が収集した銀座にかんする資料が、アルバム形式でまとめられているものである。基本的な資料の収集・編集は小森孝之氏本人によるものとみられるが、妻である小森孝(ペンネーム:多花)氏も資料の編集にかかわったと思われる。

同コレクションに収められているのは、小森孝之編(1983)『ふるさとの想い出 写真集 明治 大正 昭和 銀座』,国書刊行会刊行で使用された資料類を中心とする。資料種は写真・写真接写・絵葉書・雑誌切り抜きなどが主である。関東大震災-バブル期前までの銀座の街並みや人物の記録が中心である。「素顔の銀座(『ふるさとの想い出 写真集 明治 大正 昭和 銀座』に寄せられた安岡章太郎氏の序文より)」が近代化されていく様子が、小森氏の視点を通して写し出されている。

当コレクションは日本大学文理学部が所蔵している。

小森コレクションの構成

アルバム冊数:「本誌編集分」(上記刊行物で実際に使用した資料類のアルバム) 全 5冊
「ネガ&ベタ」(写真のネガ・ベタのみ収められたアルバム) 全 3冊
「複写&オリジナルプリント」(写真のみのアルバム) 全 2冊
資料撮影/収集の時代幅 明治元年(1868)~昭和57年(1982) 計 10冊

小森孝之氏略歴

小森孝之氏:1920年(大正9年)11月東京市京橋区木挽町1丁目(現・東京都中央区銀座2丁目)生まれ。1988年(昭和63年)死去。

法政大学法文学部政経学科卒。学徒出陣。朝日新聞東京本社編集局入社。調査部、家庭朝日編集部を経て、昭和29年9月、同出版局アサヒカメラ編集部勤務。元アサヒカメラ副編集長。大阪芸術大学、九州産業大学写真学科講師。東京写真専門学校講師。日本写真協会会員。日本映像学会会員。

小森孝(多花)氏:1923年(大正12年)11月東京市小石川区高田老松町(現東京都文京区目白台3丁目)生まれ。1948年(昭和23年)小森孝之氏と結婚。

参考資料:小森多花(孝)編(1991)『小森孝之<朝日新聞記者>遺稿集 花発多風雨』小森コレクション

小森コレクション凡例

当WebGISに収められている情報はすべて「小森コレクション」に準じた。

解読不能な文字にはXを付した。

東京落語資料の概要と凡例

東京落語資料概要

「東京落語資料」とは、「はなしの名どころ(http://www.nadokoro.com/)」(管理者:旅徳利)、ならびに『落語と歩く(https://www.iwanami.co.jp/book/b279049.html)』(岩波書店, 田中敦,2017年)に基づく落語名所の資料である。

「話の名どころ」とは、旅徳利氏が「戦後出版された書籍に登場する落語地名について,データとともに現地を実際に訪れた時の写真を示した」ものである。データベースの対象となったのは、「第二次世界大戦後から2000年末までに出版された落語集」となっている。詳細は、「話の名どころ」の「データベースの対象(http://www.nadokoro.com/taisho.htm)」を参照されたい。

『落語と歩く』は、田中敦氏が実際に訪れた落語地名にかんするエッセイを集めた書籍で、「落語フィールドワークのすすめ」にもなっている。

東京落語資料では「はなしの名どころ」『落語と歩く』それぞれにおいて登場する東京の地名をアーカイブしている。なお、江戸東京の落語地名は数千件あり、本GISに掲載したのはその一部である。

以下では、それぞれの資料の凡例・資料説明をする。

東京落語資料凡例

「はなしの名どころ」資料は、「はなしの名どころ」に掲載されている情報のうち、「地点名」「この1題・登場回数」「説明」部分を掲載している。「地点名」は「圓朝作品を含む落語に登場する地名」を挙げたもの、「この1題」はデータベースに含まれる速記のうち旅徳利氏が1題だけ選別したもの、「登場回数」は「圓朝作品,東京落語,上方落語に登場する件数,演題数」である。「この1題」に記載されている作品名の判例は、「対象書籍一覧の判例(詳細)(http://www.nadokoro.com/book/setumei2.htm)」に記載されている。「備考」は旅徳利氏による「訪問当時の様子,アクセス,写真の内容など簡単な説明」である。これらも、「項目の説明:話の名どころ(http://www.nadokoro.com/toto/setumei.htm)」に詳述されている。

『落語と歩く』資料は、『落語と歩く』巻末に掲載されている「都道府県別落語地名」情報のうち、「地点名」「演題」「説明」部分を掲載している。本GISでは、東京都内に位置する地点のみを格納した。

なお、東京落語資料については、上記資料に基づくものです。資料の性質上、正確さを保証するものではありません。
また、利用によって生じた損害については、一切の責任を負いません。

地点の同定

「はなしの名どころ」『落語と歩く』どちらにおいても、元々当該の地点があったと思われる地点の緯度経度情報を取得し、マッピングした。ただし、昔の地点が不明な場合は、現在における当該地点の所在地をマッピングした。また、広域を指すと思われる場合は、現在の駅や近隣の名所など、象徴的な地点の緯度経度情報を使用した。

謝辞

旅徳利氏、田中敦氏、ならびに岩波書店編集部の杉田守康氏には、本サイトの趣旨をご理解いただいた上で、資料の使用にあたって多大なるご配慮を頂戴した。ここに深く御礼申し上げる。

千代田区標柱資料の概要と凡例

千代田区標柱資料概要

「千代田区標柱資料」とは、「千代田区の文化財(http://edo-chiyoda.jp/mochinoki-zaka.html)」、内の「文化財サイン(http://edo-chiyoda.jp/bunkazai-sign.html)」に基づく千代田区文化財の資料である。

「千代田区標柱資料」とは、千代田区が「千代田区公共サインデザインマニュアルに基づき区内の文化財や史跡、橋、坂、旧江戸城の城門などに文化財サイン(標柱・説明板)を設置」したものである。「千代田区公共サインデザインマニュアル」は、千代田区が2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催を契機に、区内に設置されている各種案内表示等のサインが「風格あるまち千代田」にふさわしいものとなるよう、統一性を保ちつつ、周辺のまち並みや景観にも配慮して、計画的に整備していくために策定したものである。詳細は、「千代田区公共サインデザインマニュアルHP(https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/bunka/tokyo-olympic/signdesign.html)」を参照のこと。

千代田区標柱資料凡例

「千代田区標柱資料」は、「地点名」「標識の種類」「所在場所」「説明」を掲載している。「地点名」は当該資料の名前を挙げたもの、「標識の種類」は文化財サインの分類を記載したもの、「説明」は当該資料に実際に記載されている文言である。

地点の同定

「千代田区標柱資料」では、実際の当該の資料が設置されている地点の緯度経度情報を取得し、マッピングした。ただし、地図上の地点と実際に設置されている地点が完全に一致しているとは限らない。

謝辞

本資料のデータ化・搭載は、平成30年度千代田学(代表:田中ゆかり)、日本大学学術研究助成金〔社会実装研究〕(代表:関根智子)の助成を受けている。また、資料作成にあたっては、日比谷図書館文化館文化財事務室長風間栄一氏に多大なるご配慮を頂戴した。ここに深く御礼申し上げる。

千代田区路傍文化財の概要と凡例

千代田区路傍文化財資料概要

「千代田区路傍文化財」とは、『千代田まち事典』(千代田区,2005年)に基づく文化財資料である。

『千代田まち事典』は、千代田区の町名の変遷、ならびに地域の伝承を掘り起こし、未来に向けて伝えていくことを目的に編集されたものである。この本の巻末には「千代田区路傍文化財一覧」が付されており、「千代田区内に存在するさまざまな文化財のうち、実際に見学してまわれる、路傍の文化財」が掲載されている。

日本大学経済学部の山岸郁子ゼミナールでは、この『千代田まち事典』に掲載されている文化財の実地調査を行い、実際に訪れた地点の写真撮影を行った。写真が掲載されている文化財は、このように実地調査によって得られたものとなっている。

以下では、本資料の凡例・資料説明をする。

千代田区路傍文化財資料凡例

「千代田区路傍文化財」資料は、『千代田まち事典』pp.195-186の「千代田区路傍文化財一覧」全648点を掲載している。「名称」は当該文化財の名称、「住所」は当該文化財の所在地を表している。画像は、上述のとおり山岸郁子ゼミナールで実施された調査において撮影されたものである。写真はすべての資料に付されているわけではない。

地点の同定

『千代田まち事典』に掲載されている「住所」に基づき、緯度経度情報を取得し、マッピングした。ただし、地点が重複する場合は、若干緯度経度をずらした。また、広域を指すと思われる場合は、現在の駅や近隣の名所など、象徴的な地点の緯度経度情報を使用した。

謝辞

日本大学経済学部の山岸郁子ゼミナールの皆さまには、調査にあたって多大なる助力を頂戴した。ここに深く御礼申し上げる。

文人街資料の概要と凡例

文人街資料概要

「文人街資料」とは、『番町麹町「幻の文人町」を歩く』(言視舎,新井巌,2012年)に基づき、掲載されている文人スポット、ならびにその文人に関連する説明を加えた資料である。

『番町麹町「幻の文人町」を歩く』は、かつて番町・麹町界隈に住んでいた文人たちの足跡をたどるために著されたものである。この本pp.6-9には「本書に登場する主な『文人』スポット」が掲載されており、かつて文人がどこの地に所在していたかがわかるようになっている。

日本大学文理学部で開講された「フィールドワーク入門2」(担当:竹下義人)では、『番町麹町「幻の文人町」を歩く』に掲載されている地点の実地調査を行い、現在の当該地点の写真撮影を行った。さらに、当該地点の開設などを付した。

以下では、本資料の凡例・資料説明をする。

文人街資料凡例

「文人街」資料は、先述した調査によって得られた写真と、資料調査によって得られた解説・当該人物の滞在期間などを掲載している。「名称」は当該人物の名称、「分類」は当該人物の一般的な肩書き、「番地」は当該文化財の所在地、「解説」は授業内の課題で調査された当該人物についての簡単な解説、「期間」は当該人物がその地に滞在した期間を表している。画像は、上述のとおり「フィールドワーク入門2」で実施された調査において撮影されたものである。写真はすべての資料に付されているわけではない。

地点の同定

実地調査によって得られた「番地」に基づき、緯度経度情報を取得し、マッピングした。ただし、地点が重複する場合は、若干緯度経度をずらした。また、広域を指すと思われる場合は、当該住所の中央地点の緯度経度情報を使用した。

謝辞

日本大学文理学部で実施された「フィールドワーク入門2」の参加者の皆さまには、調査にあたって多大なる助力を頂戴した。ここに深く御礼申し上げる。